創価学会やめました

ぼっち入会して無宗教に戻った女

脱会したらバチはあたる?→あたらないよ

 

創価学会やめたらバチがあたる

 

いやわたし、やめたけどバチどころかめちゃくちゃしあわせだよ

 

いやそれはいまだからそう言えるんだよ・・・

人生は最期に決まるんだから最期にバチがあたるんだよ・・

 

 

うるせぇよ

 

 

わたしの人生はわたしのものなんだよ

わたしがしあわせだと感じることになにか文句ある?

 

学会やめた人間を裏切り者扱いしてボロクソにいう学会員をたくさん見てきた

 

他人の人生をとやかくいう人間がしあわせには見えない

人はみんなそれぞれのペースでそれぞれの魂にあったテーマを最善で生きてる

誰も他人の人生に文句をいう権利はないんだよ

 

バチなんてあたらないよ

学会活動がいやなのに、苦しいのに、楽しくないのに続けるほうが自分へのバチだよ

自分の素直な気持ちに蓋をする、楽しくないのに楽しいと嘘をつく、こんなかなしいことある?

 

わたしはほんとにやめてよかったよ

なんではやくやめなかったんだろうってそっちのが後悔

 

わたしは親が無宗教だから、宗教やることに反対されてもやめることに反対されることはなかった(というかやめる頃にはわたしは家族とは疎遠になってるが)

 

二世三世とかはほんとに大変だとおもう

宗教やめるやめない問題の裏で、根深い親子関係がからんでることが多いから

 

ほんとに子どもを愛してたら自由にさせるしどんな選択も応援するよ

 

子どもを信頼してないし、学会でないとしあわせになれないっていう思い込みと価値観を子どもに押しつけて操り人形のようにコントロールしたい恐ろしい人間だよ

 

わたしはやめてよかったし、バチなんてないって命かけて言い切れるし、自分の選択はほんとによかったと何年たっても言える自信しかないってことだけは書き残しておく

 

ほんとにやめてよかった!

不満7「親孝行」「一家和楽」が毒親育ちを苦しめる

 

生んでくれた親に感謝しろ

無宗教の親きょうだいを入会させろ

家族をたいせつにしろ

毒親から虐待されたわたしにとって「親孝行」「一家和楽」はバリ活10年してて一番苦しめられた言葉だった

 

なにが辛いって 幸せになってほしいなんて微塵もおもわない家族にたいしてやさしくしなきゃいけなかったこと

なにより たとえ家族でも愛されないこどもがいる現実を誰からもわかってもらえなかったこと

 

殴る蹴るはあたりまえ、骨がはずれたこともある、でもデブ、ブス、死ねとかの誹謗中傷や汚いあつかいされる精神的な攻撃はもっとつらかった

でもこういう話をするとお花畑な学会員はみんなこういってくる

でもお父さんも仕事で大変だったんだよ、お母さんも子育てや仕事でいっぱいいっぱいだったんだよ、どんな親だってこどものことを愛さないひとはいないよ、そんなこといってもなにか1個くらいはしあわせだったことあったでしょ、人にはいいところもあるからいいところ見てあげなよ

だから?

そうだね、じゃあ虐待されてもしかたがないし許してあげよう・・・・なんてなるわけないだろ

なんで虐待された側が許してあげなきゃいけないんだろう?

夫と出会うまでのわたしは生きてきて一度もしあわせを感じたことはない 一度も はっきり断言できる

そういうこという学会員にかぎって「父親はすでに他界してるけど最期まで父親のことがキライだった」とかいいつつ「一家和楽を祈りましょう」とかいうから納得いかない

自分ができないことを他人にやらせようとするのが学会員

こっちは息もできない家庭環境で過呼吸になりながら生きるか死ぬかをいつもせまられて生きてきたんだよ

誰でもしあわせになれるっていうテンプレうたい文句に素直にそそのかされて創価入会した当時は学会員にこんなに苦しめられるとはおもわなかったよ

 

創価学会では地域ごとに「今月は◯人を入会させよう!」みたいな目標という名のノルマ的なものがあるからいつもターゲットになるのはわたしとわたしの家族だった

家族への折伏に挑戦しよう!ぼっちちゃんだってみんなにしあわせになってほしいっておもってるでしょ?

いつもいつも毎回学会員にいわれるたびにすっごくイヤだったけど毒家族に聖教新聞わたしてみたり集まりやイベントに誘ったりしてた

わたしの毒家族は無宗教で宗教だいきらい系だからそりゃあもう反発なんて二文字じゃおさまらないくらいの反応だった

毒家族と会話するのも死ぬほど苦痛なのに、誘いかたがおかしいとか家族への感謝をひとこといったほうがいいとか、終わりがない「もっともっと」を要求してくる学会員

わたしにとっては会話ができただけでもすごいことなのに、学会員にとってそれはあたりまえのことってかんじだった

 

とある日、婦人部(怒りモード)から呼び出された

ぼっちちゃん、なんで家族を入会させないの?ほんとーーーーーはどう思ってるの?しあわせになってほしいって思ってるの?

いつまでたっても毒家族を入会させないわたしにイラだった婦人部がめちゃくちゃ追求してきた

わたしはまよわずこたえた

「おもってないですね。」

即答だった

 

その日から家族を入会させろって誰からもいわれなくなった

あいつもうダメだつかえないみたいなかんじにおもわれてたんじゃないかな

でも自分のほんとのきもちを口に出して言葉にできたことがなんだか誇らしくおもえた

 

学会員はみんないう

家族のしあわせを祈ってます、家族をついに入会させました、一家和楽を勝ち取りました

でも、家族をしあわせにしたいだなんて虐待されて心身をめちゃくちゃにされて心を完全に閉ざしたわたしにはまったくうまれてこない感情だった(いまおもえばあたりまえ)

でも学会員はみんな家族をたいせつにおもってる感じだから本音がいえなかったし、なんなら虐待されようがなにされようが家族をたいせつにおもえないヤツは無慈悲で人間失格くらいの雰囲気さえかんじた

 

そもそも虐待された人間はしあわせというものじたいを感じたことがないし自分がしあわせになれるなんておもえないし自分のことをたいせつにするやりかたすらわからない

そんな心身負傷者の人間が家族や他人のしあわせを祈ったり行動したりすることがムリなはなしで、ほんとは長年時間をかけてまずは自分をたいせつにすることからはじめなきゃいけなかったのだ(いまだから気づけた)

 

脱会したいまほんとにおもう

なんで学会員の言いなりになってたんだろうって

ひとが後悔するときって他人の意見を聞いたときなのかもしれないね

 

追記

結婚して実家をでたいまは毒家族とは距離をおいてる(結局さいごまで毒家族は創価学会を受け入れることはなく宗教嫌いもかわらなかった)

昔はイキってた親も年齢をかさねてくうちに死への恐怖や老後のが心配なようでやたらとわたしに連絡をしてくるけど断ったりして関わらないようにしてる

「いろいろあったけどいまは和解して創価学会のよき理解者になりました」的な聖教新聞あるあるハッピーエンドしか頭にないのがわたしの地域の学会員だったけど、毒家族と疎遠になることでしあわせになるケースもあるんだと実体験で知ることができたよ

不満6 日顕宗と同じご本尊なのになぜ創価の方が正しいのか説明できない

 

創価学会員は定期的に日顕宗がどれだけ悪いかを勉強したりする

日顕宗は創価学会とおなじご本尊(巻物)を祈ってるけど向こうには功徳なんかない、とにかく悪い集団なのだ!と

・・・・ん?でも日顕宗もまったく同じ「南無妙法蓮華経」って描かれた巻物を飾って祈ってるんだよね?なにが違うの?

意味はわからなくても南無妙法蓮華経って唱えるだけで功徳があるって学会員みんないうよね?

当時、素直に疑問におもった途中入会者のわたしはまわりの学会員に聞いた

※以下、学会員の回答と、それにたいしてのわたしの考え(日顕宗をかばうとかではなく理屈がとおってないことに不満がある)

 

日顕宗のほうはキタナイ命で描かれたものだから

→ 南無妙法蓮華経の音の響き自体が宇宙のリズムと合ってるから願いが叶うって言われてるよね?日顕宗も言葉としてはまったく同じ南無妙法蓮華経っていってるから理屈としては日顕宗も願いが叶うはずだよね、納得いきません

 

創価学会員は真心で祈ってる、日顕宗は自分たちの欲で祈ってるから

→ じゃあ南無妙法蓮華経の音の響き自体がいいみたいなはなしは間違いってことになりませんか?それをいうなら創価学会員だってしあわせになりたいって欲で祈ってるよね

 

ブランドものもそっくりであればあるほど罪が重たいのとおなじ、ニセモノだから日顕宗のご本尊は願いが叶わない

→ そっくりというかまったくおなじ南無妙法蓮華経って文字だよね、南無妙法蓮華経の文字自体にチカラがあるとか音の響き自体がいいとかいってるなら罪とか関係なくない?

 

日顕宗は池田先生への嫉妬に狂って立派な会館を破壊したから悪、そんな集団の信仰が叶うわけがない

→ 日顕宗がどれだけ悪なのかを聞いてるんじゃない、おなじ南無妙法蓮華経っていってるのになぜ向こうは願いが叶わないのかをわたしはきいてるんだが

 

創価学会員たちの意見をまとめると、悪の心で描かれたものはたとえおなじ文字だとしても効果はない、でも創価学会の南無妙法蓮華経はホンモノだから功徳がある、なぜなら南無妙法蓮華経って音の響き自体が宇宙のリズムと合ってるからね!

え、矛盾

 

よくこれでみんな納得して信じられるよな、わたしは疑問や矛盾があると納得いかないのだが・・・・

ぼっちちゃんは頭でっかちとか理屈屋だから一番しあわせになれないタイプとかもいわれた

つべこべ言わずなにも疑問におもわない人間が素直、疑問は不信でこの信心をうたがってるからよくないっておもってるのが創価学会員のようだ

結論、創価学会に在籍中にわたしが納得いくこたえは一度も聞けることはなかった

 

以下、量子力学(波動、周波数、振動数)風にみたわたしなりの仮説(わたし個人の考察だしあくまでひとつの可能性のはなしなので興味がないかたはスルー推奨)

 

先に結論

本人が信じきっていればどっちのご本尊でも願いは叶う

 

量子力学的にみるなら波動が高い(いわゆる宇宙のリズム)音や周波数はまちがいなくあるので、仮に南無妙法蓮華経がすばらしい高波動の振動数であるならば、どの宗教でも南無妙法蓮華経と祈れば叶うという理屈になる

 

創価学会員が日顕宗は悪だニセモノだといってるように、日顕宗の人たちも創価学会は悪だニセモノだといってる

どちらも本気で

おたがいに自分達の南無妙法蓮華経で願いが叶ったといってるわけで、そうなるとどちらも効果があるかどちらも勘違い(偶然を功徳とひもづけ)してるかではないか?

 

わたしはどちらの宗教のアンチではないしなにを信じるのかは個人の自由だとおもってるので、みなさんが信じてるもので願いが叶ってしあわせだなっておもうならいいとおもいます

ただ創価学会員は「この信仰は絶対しあわせになれる!」とみんな豪語するので、それならそれなりの強い根拠があって理屈もとおってるんだろうなっておもったけどみんなの説明がバラバラで矛盾してるのでそこが腑に落ちなかっただけです

不満5 女子部の化粧がおてもやん(センス皆無)

 

20代のころ、公明党のウグイス嬢をやってといわれたので政治ボランティアをすることになったわたし(もちろんいっさいお金は出ない)

だいたいぜんぶで10人くらいの20代の女子が集められて週1〜2、平日夜や土日祝に発声練習をさせられた

練習には女子部(30代後半)3人が先生みたいな感じで指導してきたのだがしょせんは素人の集まりなので練習内容はそりゃあひどいものだった(省略)

 

本番(選挙のワゴン車に乗ってマイクつかって「公明党◯◯候補をおねがいします」的なのをいうやつね)が近くなってきたとき、「今日は化粧の練習をします」といわれた

すると自称先生らがメイク道具を持って女子達の顔に化粧をしはじめた。他人の顔をまるで自分のキャンバスがごとく・・・・

 

「ハイッこんな感じで完成!」

キャンバス化した女子の顔はびっくりするほど厚化粧でチーク(ほっぺ)はおそろしいほど真っ赤に塗られマジでおてもやんだった

戦慄が走った

女子部のスーツがクソダサい、髪型がショートヘアでセンスないとは前から思ってはいたが、メイクのセンスは心底ゴミ

参考:女子部のクソダサスーツ https://blog.hatena.ne.jp/pg1111/pg1111.hateblo.jp/edit?entry=6801883189122840609

 

ついに自称先生がわたしの前にきて顔面キャンバスになりかけた瞬間「あ、わたしめっちゃアレルギーあるんで自分のメイク道具で自分でやります」といってかたくなに拒否、なんとかキャンバス回避した

 

わたしは流行りを入れつつも自分にあったナチュラルメイクをしたが、やつらはなにがなんでもおてもやんにしたいらしく最後までチークに文句をつけてきた

うざいので言われたときだけ一瞬おてもやん化し、見られてないときにソッコー落としてた

わたしは途中入会者だから女子部のこういうメイクが死ぬほどイヤだしセンスのなさにびっくりしたのだが二世三世の子とかはおかしいとかおもわないのか・・・?

 

追記

厚化粧したほうが遠くから見ても明るくはっきりみえるとかいろいろと理由があるのだろうが、厚化粧にしてもメイクがどへたすぎてセンスがないとわたしはおもいました

疑問5 ご本尊を燃やした人が火事で死んだ(との噂)

 

これ地域によって違いがありそう。頭が割れるver.、病死ver.など・・・・

ようはご本尊様を乱暴にしたらバチがあたるって言い伝え

だからご本尊様をなによりもたいせつにしなさい、災害があったときはなによりもご本尊様をもって逃げなさいといわれてる

 

創価学会は仏像を拝まない。巻物を拝むのだ。巻物に描かれた南無妙法蓮華経という文字を見ながら南無妙法蓮華経ってとなえる、これが創価学会の信仰スタイル

だからその巻物(ご本尊様)は命くらいたいせつなものとされる。自分の分身だからご本尊様を乱暴にあつかったら自分を傷つけてるのといっしょみたいな考え

 

わたしの地域ではもっぱら火事バージョンが言い伝えられている

とある学会員が題目をあげてたら、学会反対派の家族のひとりが怒鳴ってきてご本尊様を燃やしちゃったそうだ

その後、ご本尊様を燃やしたその人は火事かなんかで火だるまになって死んじゃいました 以上

 

わたしは途中入会者だから、そういうこともあるのかなぁくらいのとらえ方だったけど、親が創価学会の二世三世からしたらちいさい頃からこんなはなしを聞かされるわけで、そりゃバチがあたるって信じこむよね

ちなみにこの火事のはなし、いつどこで起きたことなのか詳細不明

数人で伝言ゲームしても100%コピペ状態で伝わるわけじゃないから言い伝えって都合のいい内容にかわってそう

わたしはご本尊のバチはないとおもってる

 

※ここからはわたしの個人的なかんがえが入るので不快なかたは読まないことをおすすめします

 

わたしはもともと科学的根拠がないものは信じるのはむずかしいなぁとおもっていたので幽霊とかもいないとおもってた

でも量子力学を知ってからすべては波と振動がかかわってることを学んだ(こういう一般知識を学会員はおしえない・・・)

それからは量子力学的にいうならば幽霊といわれるようなものは存在すると、かんがえをあらためた

 

わたしは素人なので量子力学をしっかりとは説明できないけど、カンタンにいうとすべてのモノはブルブル震えて動いてるってことだ(詳しいかた、こんな説明でごめんなさい)

机もイスも石もガラスも、どう見ても動いてないように見えるのだがじつは目に見えないレベルでブルブル振動しつづける。もちろん人間もブルブルしてる

 

声を出すと空気がブルブル震えて音でつたわっていくよね、そんなかんじで目に見えないけど振動ってすっごく身近なものですっごく重要

このひとキライっておもったら相手に伝わるよってはなしは量子力学的にはあってる。キライって感情のブルブルって振動が相手に届くから

あ、人間の感情や想いもブルブル震えてるらしい。恨みや悪口はゆっくり震えて、愛や感謝は細かく震える

だから目に見えないからといって、ひとの想い、感情、念をあまくみてはいけない

 

なので火事バージョンの言いつたえをわたしなりに考察、推理すると

仮定①「ご本尊様を燃やしたあいつに絶対バチがあたってしまう!」とその学会員(ご本尊燃やされたひと)がつよいつよい念を無意識に送りつづけた

仮定②バチを信じるたくさんの創価学会員たちのつよい想い(念)が塊となってバチといえるような出来事を各地つくりだしてる(うちは火事ver.)

仮定③燃やしたひとが「うわっ勢いで燃やしちゃったけどバチとかあたったりしないよな・・・・」とじつは不安になってて、その想いが膨れ上がって現実化した

 

かなりわたしの考察がはいったけど、バチを信じるひとをけっして否定するつもりはない(世の中にはほんとにバチが起きた事例もあるかとおもう)

ご本尊様にかんしてはギモンなだけ。なぜバチがあたるのか、理論的な説明をきいたことがないし

 

余談

量子力学についてはこの二冊の本がいちばんわかりやすかった。アフィリエイトやってないので興味があるかたは検索してみてね

あなたの夢を叶えもん(高橋宏和)

神さまとのおしゃべり〜あなたの常識は、誰かの非常識〜(さとうみつろう)

 

あなたの常識は、誰かの非常識。学会員のみなさん、わかるかな笑

不満4 聖教新聞をアプリで読んだら怒鳴られた

 

当時わたしは知らなかった

聖教新聞は各地域ごとにノルマがあって、しかもそのノルマは紙媒体だけがポイントになるということを

これは紙の聖教新聞を解約してアプリだけで読むことにしたら地区婦人部長に怒鳴られたはなし

 

この記事(https://pg1111.hateblo.jp/entry/2024/07/19/150746)にも書いたけど、わたしにとっては聖教新聞なんて毎日よめないし読まずに新聞がどんどんたまってゴミ出しするのもすごくめんどくさかった

聖教新聞にはアプリやウェブサイトがある。そこでも聖教新聞は読めるのだ(月1,800円くらい)

それならアプリでよくね?

 

そして彼氏(現・夫)と同棲するために引越しをしたタイミングで紙の聖教新聞を解約した

バリ活動10年目くらいになっていよいよ学会もうムリかもと思いはじめたころだった

ミニマリストなわたしにとって古紙回収までたまりつづける新聞はストレスだったから、アプリにしてよかった〜とおもっていたその矢先、下っぱ婦人部から突然の電話

 

要件をまとめると「聖教新聞を紙で読んでほしい。紙で読むよさがある。みんな紙で読んでるからみんなと同じにしてほしい」とのこと

わたしは紙よりアプリのほうが読みやすいし(横書きで文字でかい)、ちゃんとアプリでも毎月お金払ってるし、紙はいりません。と断った

てか紙のよさってなんだよ?なんでみんなと同じにしなきゃいけないわけ?

 

それから何日かたって地区婦人部長が直々に家にやってきたうえ怒鳴ってきた

聖教新聞、紙でとりなさいよ!紙には紙のよさがあるんだから!あのねぇ聖教新聞ってひとりに契約してもらうのがどれだけ大変かわかるでしょ!?アプリで読みますなんてどの地域でもいない、ぼっちちゃんひとりだけだよ!?

 

わたしにそうとうムカついてるようだった。わたしはいった

「紙のよさがあるからとかいってますけどぶっちゃけノルマかなんか絡んでません?」なんとなく勘がさえた

地区婦人部長は仕方なくいろいろと事情を話しはじめた。聖教新聞には地域ごとに毎月ノルマがあってそれは紙で読む契約でしか対象にならない。アプリで契約してもそれはノルマに加算されない。とにかくアプリはノルマと関係ないから絶対紙で契約しろとのこと

 

だったらはじめから「ノルマが苦しいから紙で契約してくれない?」ってストレートに言えよ

紙のよさ、みんなとおなじにってゴリ推しでいわれるからこっちとしては理由に納得がいかなかったのもあったが、ほんとの理由を隠ぺいする学会員のやりかたがあらたにわたしをイラつかせた

 

わたしは最後までことわり続けた。するとどことなくわたしにたいして地域の学会員はよそよそしくなるというかコイツおかしいよねみたいな目でみられるようになった。ムカついたんでアプリも解約した

マジ強制

マジなんなん?このひとら

 

余談

聖教新聞社に勤める女子部の子にきいたら「聖教新聞はみんながしあわせになるようにって目的なので、それぞれのライフスタイルにあった読みかたがいいとおもってます。紙で読みたいひとはそれでいいし、アプリのほうがいいってひとはそれでいいんですよ」といわれた

じゃあノルマなしにしてくださいよ・・・・

疑問4 学会歌がこわい

 

はじめて本部幹部会(月1の上映会イベ)を見に女子部のパイセンと会館にいったときのこと

会場に近づくにつれ聴こえてくるナゾの音楽。本部幹部会がはじまるまでに流す定番BGMなのだがこれがまた古い、右翼左翼みたいなうた

マジで北朝鮮

ふつうにこわい

 

こわさを越えて大爆笑したわたし。いきなり笑いだしたわたしに驚くパイセン

え、やばくないですか?マジで軍隊。マジで北朝鮮。なんでみんな平気な顔でいられるの?

大爆笑しながらいうわたしに「あぁなんだ曲に笑ってるのか、途中入会のひとって不思議なところで驚くんだ」くらいの反応

こんなあやしい曲をふつうに聴けるなんてマジで慣れってやばいなとおもった

 

座談会(月1で近所の学会員同士で集まるミニイベ)でもオープニングやエンディングでみんなで合唱するときもある

創価学会は昭和からあったわけだから曲調が古いのも仕方がないっていうのはわかる

でも無宗教から入会したわたしにとってはめっちゃ異様でめっちゃこわい

しかも地域のものも含めたらけっこう曲数がおおい(しかもみんな軍隊的な似た曲調)

 

まぁバリ活10年やれば創価学会はこういうものかと聴き慣れはしたものの、最後までわたしは一曲もまともに歌えなかった(みんなあたりまえに歌えるから、歌えないひとのためのレッスンとかはない)

超定番中の定番、威風堂々?みたいなうたもぜんぜん歌えずおわった・・・・

 

余談

でもアメリ創価大学の校歌「The Light of Hope」はすごくいい。宗教とかいっさい関係なく聴いたとしても名曲っていってもいいくらいすばらしいとおもう

https://youtu.be/5tgAmkSRz64?si=6Tou2F1BEQAMHYdf